因果応報

意 味: よい行いをした人には良い報い、悪い行いをした人には悪い報いがある。過去および前世の因業に応じて果報があるという意。

解 説: もとは仏教語で、過去・前世の行ないに応じて果報があるという意味。善因善果、悪因悪果のどちらも含まれるが、現在、悪いほうの意味で使われることが多い。
(四字熟語データバンクより)
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自分の前世が何だったかは知らないし、前世での行いがいまの自分に起こることの原因とは思えない。例えば,先の天狗XCで4周目に腰が痛くなったのは、前世でのなにかの行いが原因なのか?そんバカな(笑)

しかし、自分自身の過去の行いの結果として、現在があるというのは、当たり前のことであるが、忘れがち。とくに10年前、20年前、それ以前となると。。。

なぜこんなに体幹が弱く、腰が痛くなるのか、過去の自分の行いに原因があるはずである。

昨年の士幌の写真を見返してみて気づいたが、リアタイヤを27.5インチにして、79erを試しているが、フロント29インチなので、相対的にリア側が20mmほど下がる。それを相殺しようと、ステムとスペーサーでハンドル位置を下げてあるが、自分にとってはちょっと下げ過ぎなのかもしれない。これはけっこう直近のこと。

もう少し遡って見る。2年前の怪我以来、まだ後遺症は完全に消えてないが、去年ぐらいまではまだ真面目にリハビリをしていた。その中に背筋の強化もあった。いまはまったくやってないから、今年の方が、背筋力は弱っているかもしれない。

さらに遡ってみると、自分が中学生時代、野球のし過ぎで腰を壊した。30年以上前のあのころは、あのころで、一生懸命だったし、指導者を責める気持ちもないが、いまから考えると???なことをたくさんしていた(笑)

大人になってから知ったのだが,腰は一旦こわして骨折したら、そのときに休養を十分に(2〜3月)とらないと、元どおりには一生ならないそうである。腰痛と一生付き合わねばならないわけだ。
当時はレントゲンをとったわけでもなく、なんとなくごまかして野球をつづけていたから、わたしの腰も折れちゃってる可能性大である。

この因果応報が、来年、再来年、そして何十年と(生きてれば)続いていくわけだ。
by aero_boy | 2012-07-27 15:45 | レースを楽しむ

MTBのことが多いですが,自作ものやDebianなども雑多に記録に残していくブログ


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