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いろいろだらだらしてしまうので、茂木健さんの「すぐやる脳のつくり方」を衝動買い。
読みやすくて、さっと読んでしまったので、かえって書いてあることを忘れそう。
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●一秒で切り替えろ。おっちょこちょいぐらいでいい
●他人を気にしすぎるな。価値基準は自分の中で
●ひと仕事おわったら、自分にご褒美あげること
●柔軟なTODOリストを脳内画像イメージで

やる気は脳内の化学物質に大きく左右されるので、要はやる気のでる化学物質が脳内に自然に出るように仕向けてやれば良いんですよね。そのためには、長く考え過ぎないとか、生活習慣化するとか、朝日を浴びるとか、運動するとか、やる気とあんまり関係無さそうなことが実は深く関係しているのでしょうね。


by aero_boy | 2015-09-18 12:17 | 本棚 | Trackback | Comments(0)

失敗が強さの源

小学時代に読んだ、不時着パイロットの物語の続きを、「永遠の0」の内容を参考にして会話風味で想像してみる。
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米パイロット「いや〜、助かったよ。ラジオ作って聞いてたから退屈しなかったしな」
仲間「へ〜。でゼロファイターどうだった?」
パイロット「あいつら格闘戦操縦の鬼だな。まるでデビルだ」
仲間「デビルって?具体的には?」
パイロット「後ろをとろうと、ドッグファイト(巴戦)になったらいつの間にかゼロが視界から消えて、あっという間に後ろから撃たれたよ」
仲間「じゃあドッグファイトはしないほうがいいな。ゼロファイターに対抗できる戦闘機が出来るまで、しばらく上空からの一撃離脱作戦でいこう」
仲間「他の仲間にも、いまの話言っといたほうがいいぞ。上官にもレポートにして提出したほうがいいな」
パイロット「めんどくさいな。しかたないそうしとくか。俺以外が無人島に不時着したら、鉱石ラジオの作り方わからないだろうから、たいへんだしな」
仲間「???」


まあ、こんな感じだろうか。あくまでこれは私の創ったフィクションだが。ゼロにやられた失敗の経験が仲間に伝わり、次善策を考えていく土台となる。この程度ならまだ小さなことかもしれないが、こうした経験が蓄積されて、経験が情報にまで高められたら、それは大きな武器になったであろうことは想像に難くない。実際の現実がそれを物語っている。

5分間の本紹介で、ここまで長く喋れるわけはない。しかも、この本の紹介の中でわたしがもっとも喋りたかったテーマは、ここまでに挙げた「旧日本軍は失敗の経験を活かすことができなかった」ということではない。最も喋りたかったのは、宮部の様ないわば知性派が、戦闘機乗りのようないわば体育会系の武闘派の中に入って生きていかざるを得なかったというテーマである。

そのテーマについては、別の機会にゆずるとして、全然5分間では時間が足らずに、「ああこりゃダメだな」と思いながら、私はトークを終えた。質問タイムにはいったら、目の前にいた市長がすかさず手を挙げた。
市長曰く「この本から、現代のわれわれが一番学ばなければいけないのは何でしょう?」

あら〜、たかが5分のトークで、随分むつかしい質問をぶつけて来ますね。と、思いながら、とっさにわたしはメインのテーマのほうではなくて、「失敗の経験を生かすことをしなかった」ということの方を答えた。さらに言えば、それが当時最も優秀な軍学校で教育を受けた超エリート日本人によってなされたという事実をわれわれは思い返さなければいけないと答えた。

この答えは、日々の現場で教育者の端くれとして苦闘する者としての、とっさの反射であったかもしれない。市長は、分かったような、わからないような複雑な表情のままだった。まあ、わたしの5分トークを聞くよりも本書を読めば分かると思う。

と、書いてから思ったが、実は分かりにくいかもしれない。なぜなら、「永遠の0」にはこういった社会的なテーマ以外に命であるとか死であるとか、家族とか、さらには男と女の間の愛情の表現の仕方であるとか、とにかく涙が流れそうな物語がてんこ盛りなのである。涙をこらえて社会的テーマについて冷静に読み取るのは意外と難しいかもしれない。

2つ目に私にぶつけられた質問が
「永遠の0」のタイトルの中の「永遠」って何のことですか?
というもの。うお〜、これまた重いストレートを投げ込んできますね〜。
by aero_boy | 2013-09-26 17:33 | 本棚 | Trackback | Comments(0)

40年後の謎解き

太平洋の真ん中の無人島に不時着したアメリカ人パイロットは、怪我もなく命に別状なかったが、恐ろしく退屈だった。それで、壊れた飛行機の部品からラジオを手作りし、退屈しのぎをしたという物語なのである。ラジオをつくるには、アンテナ、同調回路、検波回路、イヤホンが最低限必要である。アンテナは導線なら何でもいいし、同調回路用のコイルもおそらく飛行機の通信装置のなかにはたくさんあっただろう。エナメル線などの導線がたくさんあれば手作りもそれほど難しくない。イヤホンも飛行機同士の通信のために常に耳につけて使っていた可能性がある。
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問題は検波回路をどうやって作るかである。目の前の空中には、目にも見えないし、匂いも音もしないが、電波が無数に飛んでいて、そこから好きな音楽を取り出すことも出来る。その「音を取り出す」装置が検波回路である。アメリカ人パイロットもずいぶんそこに苦労した。検波をするにはダイオードが必要なのだが、墜落機体をどうさがしても、ダイオードがみつからない。がっかりして諦めかけたとき、飛行機の機体の破片の一部が錆び始めているのがパイロットの目に入った。パイロットは子供時代、ラジオ少年だったらしく、鉱石ラジオを作ったことがあった。鉱石ラジオというのは、鉱石(おそらくなんらかの半導体を含んだ石)に針を接触させて、検波回路のダイオードの代わりをさせるというものである。

パイロットは、錆びた金属が、子供時代に見た鉱石に似ているということに気づいた。そこで、錆びた金属に針を当てて検波回路の代用にしてみると、見事にイヤホンから音楽が流れてきた。めでたくパイロットは音楽を聞きながら退屈しのぎをし、生き延びたという物語だった。

時間は少しさかのぼるが、その本を読んだ数年前、わたしがまだ4〜5歳だったころ、我が家にテレビが来た。いまから考えると、当然映りは非常に悪かった。それでも、スキーのジャンプで笠谷選手がメダルをとったことに感動して、妹と二人で、テレビを見ながら、椅子の上から何度も飛び降りたのを鮮明に記憶している。

テレビには、自分がみたこともない雪やスキーの映像が映っている。高知の超ド田舎でそれを観たのであるから、子供心にも「これはだいぶ遠くでやっていることだな」というのは分かった。それが鮮明とはいえないまでも、はっきりと箱の中に(テレビ)みえるのだから、非常に不思議に思った。

わたしは、親に「どうして遠くでやっていることがテレビの絵になって見えるのか?」尋ねてみた。父親が、自信満々に「電波で送ってきてるんだよ」と教えてくれた。私の頭の中では「でんぱ???余計にわかんねーよ」と思ったが、顔では分かったようなふりをしていたと思う。4,5歳の小さなこどもでも想像以上に大人に対して気を使っているものである。とにかく「電波」という魅惑的な謎が心に残った。

話を不時着したアメリカ人パイロットにもどす。彼の退屈を癒してくれたのが、またしても登場した、謎のことば「電波」だったわけである。図書室でたまたま観た本によると、ラジオでその電波を簡単に捉えられるらしい。その後数年間はわたしはラジオ少年となったのはいうまでもない。結論からいうと、わたしの鉱石ラジオ作りは成功しなかった。しかし、「電波」については、20年ほど後、理論電磁気学を学んだ時に謎が解けて、非常に感動したのを覚えている。それは20年後の謎解きだった。

しかし、この不時着パイロットの話には、こどもながらにもうひとつ謎があると感じていた。無人島に不時着したんだから、住むところも食べ物もないはず。のんきにラジオで音楽なんか聞いてる場合じゃなかったんじゃないかな?

いやいやだった読書の時間から40年後、「永遠の0」を読んで、謎は氷解した。アメリカ軍は、戦闘機が故障したり撃墜されたりして不時着するのは当然あり得るので、不時着したパイロットを救出するために、あらかじめ周辺海域に潜水艦を配備してあったのである。不時着パイロットも優雅に音楽を聞きながら救出を信じて待っていられたわけだ。

ちなみに旧日本軍の方針は、「落ちたら、捕虜にならずに死になさい。できるだけ敵艦に体当りして死になさい」というもの。それで、どんどん熟練パイロットを失っていった。現代的な感覚から言えば、非人道的な人命軽視の考えられないような方針である。そのことは、ここではおいておくとしても、「やられたら、体当りしろ」という方針は、短期的な戦術としては多少の効果はあったかもしれないが、もう少し長くみた視点、つまり戦略的に考えても大きな考え違いだと思う。
by aero_boy | 2013-09-26 15:31 | 本棚 | Trackback | Comments(0)

本の哲人

学祭2013で、学生さんから本の紹介を頼まれた。5分間しゃべれという。漫画雑誌かスマホぐらいにしか興味のない世代の、珍しい取り組みだったので、5分間なら何とかなるかと、請け負ってしまった。

「本の哲人」というタイトルらしく、市長さんなんかも参加してた。5分ぐらいならと軽く考えていたが、いざとなると話す内容をを考えるのに随分時間をかけた。せっかくなので、少し補足して、ブログ化しておく。

わたしは、「哲人」というには程遠く、自慢にもならないが、小学、中学、高校とあまり本好きではなかった。というよりほとんど本を読んだことがない。まったく読んでいなかったわけではないが、土日も朝から晩までみっちり練習に明け暮れる運動部に所属していたこともあって、読書量としては、ごく最近の学生さんの子供時代とたいして変わりないだろう。いや、それ以下だったかもしれない。

そんなわたしに、市長や読書好きの学生さんに張り合えというのだから、ちょっと気合が入ってしまった。もっとも、そんな高校時代までの反動か、大学に入ってから以降は少し本を読むようになった。少なくとも当時の私の周りの学生と比べたら、読書量はおおい方だったと思う。

まあそんなことはどうでもいいが、本嫌い少年だったわたしも、小学1年だったか2年だったか忘れたが、学校の読書の時間には素直に図書室に行っていた。ちなみにいま思い返すと、読書の時間をサボって外でこっそりビー玉とかしてあそんでいたわんぱく同級生も何人かいたように思う。

「図書室ってなんか変な匂いがするなー」とかおもいながら、ふと手にとった本が、タイトルは忘れてしまったが、戦争中に無人島に不時着したアメリカ人パイロットの話しだった。たぶんゼロ戦に撃墜されたんでしょうね? 5分間で紹介しようと決めた「永遠の0」は、ゼロ戦パイロット側から見た物語だが、わたしが40年前に小学校の図書室で手にとった本は、その相手側のパイロットの話だった。
by aero_boy | 2013-09-26 14:22 | 本棚 | Trackback | Comments(0)
祖父はクルマの運転が上手かった。田舎のまちには、ほとんど自動車など走っていなかった時代だから、バスの運転手が運転が上手いのは当たり前である。それで、招集されて戦地でも、幹部のお抱え運転手をやっていたらしい。
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あるとき、いつものように幹部を載せて走っていると、自分の運転するクルマのエンジン音に混じって、敵戦闘機のエンジン音を聞き分けたらしい。よく考えると、味方戦闘機のエンジン音と敵戦闘機のエンジン音を、しかも自分の運転するクルマのエンジンのすぐそばで聞き分けるのだから、すごい耳だ。もしかしたら、すでに味方戦闘機はほとんど飛んでなかったのかもしれない。

それで、とっさにクルマを木陰に入れた。幹部には烈火の如く怒られたが、数秒後に敵戦闘機が頭上を通過すると、その軍幹部も青ざめて黙ったという。その噂は上層部連中にもひろまったらしく、祖父はつねに最上幹部の専属運転手だった。それで生き残ることができたというのである。

徹底的に一芸にこだわって、それに習熟していれば、たかがエンジンの音を聞き分けるぐらいのことでも、命を助けることもあるんだぞと言いたかったのだろう。実際に祖父一人の命どころか、わたし自身を含めてその子孫が生きているのもそのおかげである。

「永遠の0」のラスト部分での宮部の行動が、祖父に重なってしまい、わたしのなかで、よりリアルな情景となった。
by aero_boy | 2013-08-26 17:03 | 本棚 | Trackback | Comments(0)

九死一生と十死零生

このふたつは、似ているようだが、実は全く違う別物。
「永遠の0」の中で強調されていたのが印象に残る。九死一生の方も十死零生とおなじく死を覚悟しているわけだが、任務を全うしてなおかつ生きる希望が残されており、そこに向かって最大限の努力をする。軍事行動においてはよくあることで、当時の敵であったアメリカ軍とその兵士もまたそうであっただろう。
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一方、十死零生の方には、どんなに努力しようとも生きる希望はない。両者は似ているようで、根本的な違いがあるということ。十死零生の作戦を公式の軍隊がたてるなんて歴史上類がないらしい。

主人公宮部自身の生き方そのものが、そんな軍の作戦に対する抗議の意味があっただろう。そんな宮部も最後は十死零生の特攻に向かうわけだが、そのへんのミステリーは、読んでみてのおたのしみということで、割愛する。

ひとつだけ。宮部はゼロ戦のエンジンなど整備にもものすごく気を使っていた。さいごの特攻の部分でも、エンジンの音が重要な鍵になる。

それで、また思い出した。私自身の母方の祖父は、おそらく宮部よりちょっと上の世代で、わたしの顔をみては、満州、南方、シベリアの苦労話をよくしていた。苦労といっても、ちょっと自慢話っぽかった。祖父は当時めずらしく運転免許をもっており、バスの運転手だった。いまならバスの運転手はそのへんにたくさん存在するだろうし、誇り高きバスの運転手もあまり居ないかもしれない。しかし祖父は、車を運転するということに対して情熱と誇りをいだいていたようで、口癖は「音を聞いたら、だいたい何が起こっているか全部分かった」というものだった。
by aero_boy | 2013-08-26 14:10 | 本棚 | Trackback | Comments(0)

永遠の0

久しぶりに震えましたね、本を読んで。
そして面白いです。この本は。

「面白い」と評すると、なにか「おもしろ、おかしい、愉快な」と理解されるかもしれないが、わたしからすると、「面白い」は最大の賛辞のつもりです。

2013年のお盆休みに読んだ本。そのタイトルからして、内容をSFファンタジーかなにかかなと勝手に想像していた。百田尚樹という著者も知らなかった。大体、私はベストセラーの本とか全然信用していないので、それが理由で手にとって見るという事など、まずない。
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まあ、単なる天邪鬼なのかもしれない。

自分で書店から買ってきて読んだのではなく、家族がわたしより先に読んでいた。私は百田氏の別の著書「海賊と呼ばれた男」を読んでいたので、同じ著者ということで試しに読んでみたという次第。

0というのは、俗に言うゼロ戦のこと。その前に「永遠の」がつくのだから、戦闘機賛美、あるいは命を犠牲にした特攻賛美の内容かというと、私は真逆だとおもう。

今度映画にもなるそうですし、ストーリーはネット上にもごろごろ転がっているでしょうから詳しくは書きませんが、簡単に。

真珠湾攻撃にも参加したゼロ戦パイロットの主人公(宮部)は、もともと志願して戦闘機乗りになった。死をも恐れずに戦うのが仕事であり、周りも英雄的な死に憧れるような戦闘機乗りがゴロゴロいる状況で、主人公は「死にたくない」と公言する。

ちなみに余談だが、数年前に他界した、私自身の父は、この宮部より一回り年下の世代。終戦の年にはちょうど中学生だった。酒を飲んだ時に必ずと言っていいほど出てきた話が、「戦闘機乗りになって敵機を撃ち落としたかった。死ぬことなどまったく怖くなかった」というもの。典型的な軍国少年だったようだ。というよりも、学校への通学途中に、四国沖の空母から発進して、中国地方の軍港か何かを攻撃する米軍機に、その行き帰りに標的にされて命からがら毎日過ごしていた記憶があまりにも強烈だったのでしょう。直接標的にされた人間にしてみたら、恨み骨髄は当たり前かもしれない。毎日のようにそういう話を聞かされていたものだから、戦闘機乗りが死にたくないと思っているとうのは、ちょっとした衝撃だった。

余談の方がながくなってしまった。この本のストーリにもどる。宮部は凄腕の戦闘機乗りだったわけだが、海軍の無謀な作戦で(まあ大東亜戦争そのものが無謀なんでしょうけれど)まわりの戦闘機乗りがつぎつぎと死んでいく中、「死にたくない」と公言して、上官に殴られたり、部下に馬鹿にされたりしながら抜群の操縦技術と努力で生き延びた。終戦近くなると、ベテランパイロットとして、促成の特攻機乗りを育てるための教官をしていた。もちろん、宮部自身の生き方と、100%死ぬと分かっている特攻隊員を育てるその矛盾に苦しみながら。
by aero_boy | 2013-08-23 23:02 | 本棚 | Trackback | Comments(2)

MTBどっぷりな日々を気ままに綴ります


by aero_boy